さみfulldays♪

さみ日常雑感食べたものの話

辛いことを書くのに疲れたのです

f:id:ringopie:20170214005436j:imageただそれだけで「無闇矢鱈に自虐したり他人を攻撃する」のはやめることにしました。

疲れますので。

ミラーニューロン」の概念も知り、

(人は目撃した他人の行為を「あたかも自分がしたかのように」認識してしまう認知の仕組み)

ネガティブな言葉は自分を苦しめるだけだと思うようになったので。

要するに心変わりです。

「ある程度自分のできなさ、不甲斐なさを(客観的な知識の助けも借りて)受容できた」というのもあると思います。

ある人にはできる。わたしにはできない。

そこで「なんでお前はできないんだ」

と責める自分自身がいました。

素敵なものをみたとき、感動ではなく、「なにもできない」自分への無力感をまず感じる。それが苦しかったです。

今は「できんものはできねーし。得意な人にやってもらえばいい」という捉え方が少しできるようになりました。

ほかの人の「わたしにはできない」部分に目を向けて、「すごい」と素直に思えるようにもなってきました。

長かったです。

自尊心が損なわれるような体験が多く、自分自身、自分を否定する他人に怒りがあり葛藤がありました。

いまもあります。

でも少し収まりました。

それは、ほかの人の助けもあったからです。

私の絵とか、二次創作小説に感想とかたくさん言ってくれました。

とても嬉しかった。だから、自分もそうしようと思えたんです。

無闇矢鱈に攻撃しても、悪い感情をぶつけても、自分にすらいいことは無い。

「他人がどうこう」ではなく、

自分自身がより「快くいられる」ことを最優先にした結果です。

これからも「いい子」にはなりません。

「他人を不快にさせるのでは」とか、「こんなこといったら傷つくかな」と怯えたりはしません。

「毒舌」のターゲットをしぼり、精神リソースの配分を最適化し、また効用も上げていくというつもりです。

また、「いい」と思ったことも正直に言っていこうと思います。

結局根はお喋りで、良くも悪くも「素直」なんだと思います。

いいことをしてもらったら、その分いい事で誰かにも返してあげたくなる。

そんなことをわたしの友人は教えてくれたのでした。

 

たいていの場合、「他人から辛いことをされればされるほど」人は歪んでいきます。

「されたこともないこと」(優しさ)を自主的に学ぶことはできません。また、それを素直に受け取ることも出来ないほど、他人以上に自分が自分を常に貶めています。それを変えるためには、付き合う人も「根気」が必要です。

だからその意味でも私は、恵まれたんだなあと思います。

「遠くの蜃気楼(遠くの憧れみたいなもの)」をつかもうとするよりも、身近にあるよき実体を認識しようと思います。

できたら、さみライクな人に今度は「優しく」なれるよう、

(虚偽でなぐさめるのではなく、いいところを見つけたら伝えるようにすることをしたい)

度量が広がればいいんだけどなあ。遠い話みたいだ……