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星のカービィ邪道創作(ももメタ専

メックアイの騎士①ロサとコバルト

深い緑を思わせる緑色の体躯に、これまた同じ緑色のマントを羽織った「騎士」、ベルデは一面ガラス張りの近代的なオフィスから見える闇に覆われようとしている夕闇に目をやり、ある「部下」のことを案じていた。
部下…と言っても当人は既に退官届を出し、ここには不在である。そしてベルデはそれを上奏していない。

「ポップスターの〝オリジン〝」と全くと言っていいほどシミラーな蒼の体躯に、深青色のマントからそのままコードネームを名付けられた、
「コバルト」という部下のことである。
元々は騎士階層ではないサイバー犯罪者で、非公式な司法取引の形で情報処理のエキスパートとして「騎士」に採用され、気弱で人を寄せつけない、だが対称的に豪胆な姉や仲間の背を追いながら少しづつ、逞ましく「騎士」としても成長していた青年、コバルト。

そして彼を時に叱咤し鼓舞し、献身的に支え続けた姉のルビィ。
ハルトマンワークスカンパニーとの戦いの中で、一瞬にして「唯一の」心の支えを失った彼の余波は、決して小さいものではなかった。
ルビィ、コバルト姉弟の所属していた、小部隊の隊長、ベルデはある時突然退官届を出し、そして彼の返事も聞かず突如姿を絡ませた、彼の行方を追っていた。
数ヶ月の追跡の末、彼は街中のスラム地区の一つ、グレープガーデン街の雑居アパートに身を潜めていることがわかった。
彼は、ルビィ以外である程度心を開いていたと思われる部下、ロサに彼の様子を見にいくように指示した。
しかし命令がなくても、ロケーションが判明次第彼女は彼の元に向かっていただろう。
時間とともに多少は落ち着いたものの、いつもルビィにくっついて、彼女がいないと不安定だったコバルト。
単身の彼がまともな生活をできているのか。彼女もベルデ同様それを案じていた。

騒がしく、昼間から如何わしい商売の店が飽き、ならず者や客引きが行き交う通りでは彼女のトレードマークである、派手なピンク色の装束も目立つことはない。
狭い表通りを少し入り、やや騒音が遠ざかったところにある打ち捨てられたような前時代そのものの6階建てのアパートメント、ここだ。
端末に登録された位置情報を参照し、ロサは一階の駐車場へと入っていった。
車はビルに似つかわしく古ぼけた一台しかなく、管理人から合鍵を借りると、
ロサは彼の住むという部屋へと階段を登った。
ハルバード王国内ではどんな古いアパートにもついている、エレベーターも付いていない。ありえない。コバルトはこんな所で生活しているの?

異質な空間を見回しながら階段を登り、
錆びつき、禿げた塗装の扉を開いた瞬間、ロサは思わずマントでうっ、と鼻を抑えた。
異臭がする。人一人がやっと通れそうな玄関にはゴミが積み上がり、左脇にあるミニキッチンにはカップ麺の食べかけをはじめとした、食べさしの弁当や中食の食品の捨て柄がどっさりと積もっていた。

奥に目を凝らす。暗闇の中、ぼうっと青い光が浮かび上がる。
「コバルト?いるの?」
ロサは奥に向かっておそるおそる呼びかけた。応答はない。
「おじゃまします…」
ロサは辛うじて見えるフローリングの床を飛び越えるように渡り、光の見える奥へと向かった。
「!!」
ロサは、また戦慄した。
毛布を被り、頭上の仮想モニターに走る何十行もの複雑な電子言語に目を凝らしながら光るコンソールを叩いているのはやはり、彼女の知るコバルトだった。
しかし、黄色の目には光が全くなく、その頬は削がれたようにこけ堕ちている。
そして、彼の手元の灰皿にある「チョコレート」とその包み紙。典型的な薬物中毒の症状だった。
ベルデが恐れていた通り…彼は破綻した生活の中にいた。
ロサは思わず手を出し、コバルトの手を遮った。
「だめよ!」
すると、青白く光る仮想モニターにエラーコードを何十行にもわたって吐き出した。滝のように画面が出て流れていく。
「なにするんだ!」
コバルトは、先程の死人めいた様相からは想像もできない凄まじい怒鳴り声と力で、ロサを突き飛ばした。
「あなたそれ、チョコレートじゃない!」
安価な合成カカオの実からできており、甘く甘美な味がするが、球体形のハルバード市民にとっては依存性が強く、段階的に中枢神経を崩壊させてしまう薬物。
「お前は誰だ!」
「覚えてないの?私は、ロサ。貴方の友達よ」
「僕に構うな!」
怒鳴るコバルトにロサははっきりと答えた。
「そうはいかないわ」
「誰が頼んだ!」
「ベルデよ。貴方のこと、とても心配してる。わたしも」
「僕は頼んでいない!!」
「頼まれなくたって来るわ。友達がこんなふうになってるの、見てられない!」
「帰ってくれ」
コバルトはチョコの包み紙を吐き捨てると、コンソールの方に向かい直った。
「帰らないわ」
「出て行かないなら、保安部隊を呼ぶぞ」
「こっちにとっては、願ったり叶ったりよ。軍もあなたの行方がわかるのだから」ロサは両手を肩に上げ、首を竦めた。
「僕はもう軍の人間じゃない」
「ベルデは退官届を受理してないわ」
もういい、とばかりにロサを睨んでいたコバルトはコンソールに向き直った。
もういいわ。好きにすればいい。
だが彼女は帰る気はなかった。このこの世の終わりとでも思われる空間を、どうにかしなければ。
コバルトが何をしていようと彼女には関係なかった。彼女はまず、うずもれたゴミを分別し、部屋の外へ出す作業に取り掛かった。

目が覚めたとき、そこには誰もいなかった。コンソールの他は暗闇だけだった。周囲を見渡し、目を凝らすと、どこか目の前がスッキリした感じがする。彼が何週間ぶりくらいに電気をつけると、ゴミが全て無くなっており、フローリングは全て見えてピカピカに輝いており
、キッチンも、そして自分のいた部屋すらも自分の触るコンソール周囲を除いて綺麗に片付いていた。
ロサがやったのか?
コバルトが辺りを見渡すと、前の住人が置きざらしにしてあったダイニングテーブルに、見知らぬ黄色い鍋とラップのかかった白い皿によそわれたライス、それにパプリカとレタスときゅうりが入った色取りどりのサラダが入った器があった。
皿の下には、黄色いチェックのランチョンマットが敷かれ、スプーンとフォークも綺麗に並べてある。
鍋のすぐ脇に手紙が置いてある。
「コバルトへ
チョコレートもいいけれど、ご飯も少しは食べてね。
カレーライスを作りました。口に合うといいのだけれど。 ロサ」
ロサは掃除をした後、買い物に行き、薬物性のない合法的な菓子のチョコレートを隠し味にいれた。こうすると、カレーのコクと香りが増すのだ。

食欲が湧いたわけではなかったが、
ロサの手書き文字に郷愁を覚えたのか、彼は鍋を開け、カレーをライスの上によそうとそれに手をつけた。
味がわからない。何口食べても少し口が痺れる感覚がするだけで、彼には無味のごわごわしたペーストを口に押し込んでいるのと何も変わらなかった。
半分ほど食べ、彼はスプーンを置き、そのまま居室のコンソールの椅子へと戻った。
ロサは、翌日も来た。一日を置き、その次の日も。それから二日か三日ごと、必ず彼女はコバルトの自宅を訪れた。
大抵は部屋の掃除をし、洗濯物を畳み、コバルトも彼女に構うことはなかったが、いつしか食事と呼ばれた時だけは彼女に反応するようになった。

ロサが彼の嗜好するチョコレートを徐々に依存性のないものにすり変え、彼は徐々に薬物的な精神依存を脱していった。

 

ある時、ロサが帰ろうとすると、コバルトが不安そうな表情をしている。

「どうしたの?」
ロサは彼の丸い体躯を抱え込むように、両の手を添えた。少しの沈黙ののち、彼は言った。
「行かないでくれ、ロサ」

「寂しいんだ」
そう口に出した時、彼は、ようやく自分の中にある、そのままの感情に気がついた。
ロサは微笑んだ。
「一緒にいるわ」
そして、仮面をつけたままコバルトに身を寄せ、彼を抱きしめた。

その晩、彼女は彼を暖めた。
そしてそれからは度々、というより彼女が来る時は常に、彼女の腕の中で、コバルトは眠った。

ロサが隣でふと目を冷ますと、いつもコバルトの顔を見た。いつしかぷくりと、頬が丸みを取り戻した彼の寝顔は常に、安らかだった。