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星のカービィ邪道創作(ももメタ専

「記憶から来た男」(ギャラクタ)

 

歪な機械の聳える、人工的で洗練された広間での激しい戦いに敗れ「戦利品」として持ち去られた騎士は、光の鎖に繋がれ、持ち主の帰りを待っていた。
積極的に待っていた、かどうかはともかくとして。

青水晶の壁の、美しい洞窟に、輝く白い羽根が映えた。洞窟の主が戻ってきたのだ。
彼の視線の先には、桃色の肌の、紫と赤の鎧を纏った「それ」がいる。
それは黄色い目で、彼を見つめている。
持ち帰った食物を彼女に食べるよう無言で促す。彼女は素直に、食料に手を付けた。

持ち帰って重要なことに気がついたのは、ある時、ぐぅ~…と彼女の腹が鳴る音がした時だ。
彼女は気まずそうに顔を赤らめた。
ヒトであることを止めてどれくらい時間が経ったかも分からないくらいになりすっかり忘れていたが、「これ」は食物を摂取しないと生きていけないのだ。
そしてここに持ち帰ってから、数日は経っている。そして彼女は鎖に繋がれている。
「ここで待っていろ」とも告げずに、無言で彼は青く輝く洞窟を出、白い翼を広げて何処かへと飛んだ。
微かな記憶から、「ヒト」が食べられそうなものを選び、持ち帰った。間違ってはいなかったようだ。
食料を持つ彼を見て、彼女は意外そうな表情をした。

「ありがとう」
食べ終わると、静かに彼女は言った。
「きみはぼくを、二度も助けてくれた」
助けたのだろうか。殺してはいない。
あの時、傷ついた彼女を力で癒し、仮面を割った。
その後は情動に突き動かされるままに弄んだ。それはここに「これ」を持ち帰ってからも続いている。
白い騎士は意外に思った。自分を弄び捕らえているものを憎まないとは。
まして「礼」を言われるなど。
動くモノが自分をいくら憎もうと知ったことではないが。
最後に言われたのはいつの事だったか。思い出すこともできない。

その後は特に会話をするでもなく……気が向いたら、彼女を抱く。
幾度目か、始めの強制的な時とは違い、彼女は緩やかに、彼の口付けを受け入れた。

彼女は感じていた。仮面の下に押し隠された、彼の繊細な感情を。それは言葉がなくとも伝わっていた。彼女を愛するときの、その触れ方から。
最初の口付けから時間の概念が溶けてわからなくなってしまうくらい、彼は彼女の蝙蝠の羽根の隙間や脚、羽根の先、からだの隅々に、ただ触れつづける。ときに指先で、時に唇を交えて。
そして繋がる。「戦利品」である彼女は、黙ってそれを受け入れる。自身の生殺与奪を彼が握っているというよりは、負けた自分は気まぐれでいつ殺されても、仕方の無いことなのだと彼女は割り切っていた。だけど、それだけでもなかった。
肌で触れ合うことで、何もわからない彼のことを少し知ってからは、どこか安らいで、それを受け入れている自分がいると感じていた。
彼に体の奥へと侵入される感覚。柔らかな肉を有無を言わさず押し開かれ、中をゆるくかき混ぜられる。時に激しく揺さぶられ、触れられた全身の跡が、脳髄が甘く、痺れてゆく。身体を駆け巡る嵐を彼女の心はただ、静かに受け入れる。
白い騎士は執拗に、侵し、愛する。そして甘やかに彼を包む苗床を、幾度も、はちきれんばかりの雄の本能で存分に満たす。
全てが終わり、小さな騎士は暗闇の中、彼に頭をそっと撫でられるのを感じた。
波の余韻に漂う彼女は伏せた瞳に泪を浮かべ、ただ彼のするがままに身を任せていた。


「そなたはそっくりだ。私の妹に」
事が終わり、背を向け少しだけ高さのある岩に座っていた白い騎士が、おもむろに口を開いた。
その厳(いかめ)しさ、重厚な純白の鎧に相応しい、重い声だった。
「妹が、いたのですか?」
彼女は自然に聞き返した。
始めて彼の声を聞いた。その驚きは遅れてやってくる。
「ああ。昔、『ヒト』であった頃にな」
彼女は首をかしげ、彼に尋ねた。
「きみは「ヒト」ではないのですか?」
「ヒトであることは、遠い昔に辞めた」
淡々とした口調。
彼女は彼にどう返したらいいのか、わからなかった。
静かな沈黙がしばし、流れた。

深い沈黙の中、騎士はまた、重く口を開いた。
「私は昔、ポップスターという星にいた。そなたも私と同じ、丸い体をしているな。あの面妖なピンク玉も」
ピンク玉というのは、カービィのことだろう。
「君は、ポップスターで生まれたのですか?」
「いや」白い騎士はかぶりを振った。
「正確には、『移住』したのだ。妹と、二人だけでな。私たちはある使命を持っていた。【種の存続】という、使命を」
「惑星メックアイ。その星で私は生まれた」
メックアイ。
自らの軍団が軍事的な同盟を結んでいる国家、「ハルバード王国」がある星。その王国には、自分たちと同じような丸い体の「騎士」が多数存在している。
ただ、名前通りの同盟かどうかは微妙だ。正確には、軍団によるポップスターの「自治権」は認められているものの、こちらが彼らの「子飼いである」という方が正しい。
「きみはもしかして、メックアイの騎士だったのですか?」
「今となっては意味もないが、私はその星にある国の、王族だった」
かの王国のある星は、一度存亡の危機に遭った。故に、彼とその妹は選ばれた。別の星で、王国を再興するために。その使命を知らされていたのは、自分だけだった。
妹にはもう元の星に帰る手段はないと、告げた。

彼女に疑問が浮かぶ。まさか、彼はその妹にも、自分にしたようなことをしていたのだろうか?

聞かれることはなかったが、彼にとっては図星だった。
どうして唐突にこんな話をしたのかはわからない。さっき、無意識に彼女の頭を撫でた時、それと同じ情動だったのかもしれない。本当の妹にもそうしていたように。
妹を抱いたときもそうだった。
互いに想う異性(ひと)がいて、自分たちがそのような関係になることなど、想像していなかった。
二人で決めて、使命に向かい合ったとき、互いにどうしたらいいかも、わからなかった。最初は、痛みで妹を泣かせた。
何度目かはついに痛みの先にあるものを知り、「女」になってしまった彼女を、決して歓びではない理由で泣かせた。
彼女を抱き終わる度に、あやす様に、そして、彼女を鎮め、安心させようと努めながら彼女の頭を撫でた。
歳若くして使命の「犠牲」になった彼女に、心の中で詫びながら。
そして、時が経つにつれ、共に住むものはふたりだけから、三人、四人、十八人と増えてゆき、ゆるやかに二人は、兄と妹以外の関係性を見出した。
血の繋がりを超えて、一人のヒト同士として互いを見、支え合うようになった。
「ヒト」としての最後の記憶は、力を得るため、機械の大彗星に向かう自分を涙しながら追い、止める彼女の顔だった。それしか方法がなかった。
彼は彼女を振り切って飛んだ。それから、実の妹には二度と遭わなかった。
「兄は空に国を興し、妹は地上に、花の種を蒔いた……」
桃色の騎士がぽつりという、ポップスターに伝わる「創世記」の言い伝え。それは青水晶の壁に跳ね返って、澄んだ響きを返した。
「そうだ」
白い騎士が返す。今となってはどうしようもない、最後の「思い出」だ。

同じ丸い体、と彼は言った。創世記の言い伝え。ということは、彼は、ポップスターに生きる、自分たちの……
「ご先祖様、なんですね」
白い騎士は無言だった。

その妹に、自分が似ているのなら。
彼女は思った。
彼は、自分を通じて「戻れない過去」を愛しんでいたのかもしれない。

 

彼は槍を振るい、鎖を絶った。
すぐに逃げ出すだろうと思った彼女は動かなかった。
「もう少し、ぼくはここにいます。」
「もっと、君のことが知りたいから」
「…勝手にするがいい」
背を向けたまま、顔も動かさず彼は言った。
引き止める気も、追い出す気もなかった。
あえて言うのなら、彼女がいる今、自分の心境は、あたかもかつてそうであった、『ヒト』であるかのようだった。もう少しの間だけ、『ヒト』でいたかったのかもしれない。

妹と星に馴染んで暫くのち、「闇」は再びやってきた。
同じものに襲われた故郷の星がどうなったのか、今は知るすべもない。
そして彼は、ある決意を固めた。
今は遠く離れた、故郷に伝わる、「黄金の化身」の伝説。
妹の制止を振り切った、彼は黄金の大彗星へとたどり着き、願った。
「星を覆う闇を打ち払い、愛するものたちを守る力が欲しい、」と…
代償は永遠の時間の付与だった。
やがて妹は星からいなくなった。そして二人で築き上げた国も、闇との戦いにくれるうち、いつしかなくなっていた。
気がついたら、気づいた時には生きるものを殺め、破壊することしかしなくなっていた。そしていつしか、自分は全てを、敵に回していた…


暫く時が経ち、ある時彼女は言った。
「やっぱり、ぼくはポップスターに帰らなくてはいけません。みんなが心配してる」
白い騎士は無言だった。だけどわかっていた。こんな茶番はもう終わりだ。
彼女は次に、彼に手を差し出した。

「君も、一緒にきませんか」
それを聞いた白い騎士はしばらく黙った後、ぽつりと言った。

「そなたもいつかいなくなる」

「そうかもしれません、でも」
彼女は笑った。
「今でも君は、ヒトの心を忘れていません。昔、ポップスターで生きていたのなら、今度もきっとうまくいきます。ぼくも、ほんとうの君のことをみんなに知ってもらえるように、頑張りますから」

無垢な笑顔。本当に妹にそっくりだ。
仮面の奥で、白い騎士は寂しそうに笑った。
「私は、平和の中では生きられないのだよ」
はっきりとした声だった。
「そんなこと…」
言おうとした彼女は、画面の奥の彼の瞳に気がついた。全てを悟り、諦めた、諦観した瞳。
彼女は俯き、押し黙った。
「さて、終わりだ。私は眠りにつかせてもらう」
飲み込めない様子の騎士を尻目に、彼は紫色の槍を掲げた。その先に、星の形をした青い穴が白い騎士の意図に答えるように中空に開いた。
「さらばだ、幼い騎士よ」
ふわりと白い騎士の軀が糸かなにかで引き上げられるように中空に浮かぶ。そして桃色の水晶に包まれ、彼の時間が止まった。
そして空間に穴が空き、何処かへと吸い込まれて言った。
彼女はそれを、無言で見送っていた。

程なくして、帰還した彼女は産気付き、子供を産んだ。彼女は白い蝙蝠の翼と赤い体を持つその子に、ギャラクタと名をつけた。

 

 

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